[3.深い闇の底]

冷たい風が吹き出す鉱山の入口からちょっと奥に踏み込むと、そこはもう闇が支配する暗黒の世界だった。振り返ると明るい外の世界が、四角く切り抜かれた絵画のように見える。

滲み出す水でひんやりと湿った石の壁に手を添えながら、私はゆっくりと奥に向かって歩き始めた。最初は完全な闇に見えた鉱山の中だったけれど、目が慣れてくるとほんのりと明るいようだ。

よく見てみると壁や床のあちらこちらから、ぼんやりと青白く光る茸が生えていて、それらが道を失わない程度に細い通路を照らしてくれているのが分かる。

それでも足元がしっかり見えるとまではいかず、私は出来るだけ慎重に一歩一歩、少しずつ奥へと歩いてゆくしかなかった。

entrance

どれくらい歩いただろう? 暗闇の中で時間や方向の感覚が薄れ始めてきた頃、遠くに微かな光が見えてきた。今まで申し訳程度に道を照らしていた弱々しい青白い光ではなく、澄んだ紫色の光。私は光が見えてきた安心感に後押しされて足を速める。

通路は徐々に紫色の光で満たされてきて、今までは見えなかった見事な石組みの通路を露にした。一見無造作に積み上げられた石の壁だったけれど、それを形作る石と石の間は線を引いたように隙間がなくて、紙さえも通りそうにない。

これほどの広大な通路を作るために、どれほどの時間と手間が掛けられたのかと思うと、クラクラしてしまいそうだ。でも壁に見とれている暇はなかった。通路を抜けた先には、更にびっくりするような場所が待っていたからだ。

そこは広々とした丸いホールだった。床は落ち着いた色調のモザイクタイルで飾られ、中央には地下から湧き出る澄んだ水を湛えた泉が、涼やかな水音をたてている。

そして天井を仰ぎ見た私は、驚きでしばらく口を開けたまま動くことが出来なかった。天井の中央からは大きな水晶の結晶が幾重にも渡って突き出し、それらがホールを照らす紫色の光を放っていた。

更にその周りからは乳白色や薄紅色のの鍾乳石が幾本も伸びており、水晶の光を反射してきらきらと輝いて見える。

私は上を見ながらふらふらと泉に近づいて、水底に敷き詰められた白い砂を巻き上げながら湧き出す水に手を差し入れた。

指が千切れそうなほど冷たい水だ。濁りも、香りもぜんぜん感じられない純粋な水。昨日からなにも食べたり飲んだりしていなかった私は、その水の誘惑に勝つことなんて出来なかった。そもそも何の疑いも持っていなかったのかも。

両手で水をすくって口に運ぶと、その水はすっと舌を通り越して喉を潤す。これが本当の水なんだな、と私は変に納得してしまった。

味もなく、香りもない。でもとっても力を秘めている。そんな感じ。喉の渇きを癒した私は、水筒を持っていないことを少し悔やみながら、改めてホールを見渡した。

Hole

落ち着いて見てみると、この美しいホールもまた過去の栄光を垣間見せる廃墟に過ぎないことが分かる。壁はひび割れ、天井はあちこち崩落し、砕けた水晶が泉の中で名残を惜しむように微かに光を放つ。

喉を潤してくれた美しい泉を形作る石材もあちこちひび割れていて、湧き出す水がさらさらと床にこぼれ落ち、その水はホールから放射状に続く通路のひとつへと流れている。

どうせ正しい道がどれかだなんて分かりっこない。私は清らかな水の導きを信じてそちらへと歩き出し、再び闇の戸口と向かい合った。

この通路は先程通ってきた通路とは違い、荒く削られた岩肌を露にしている。ここからが本当の鉱山なのだろう。

ふと横を見ると床から先の丸い石の柱が突き出していて、そこには奇妙な記号が彫り込まれていた。どうやら他の通路の入口にも、これと同じ円柱が立てられているようだ。

私は通路の奥に歩き出す前に、全部で5つあるそれらの円柱の記号を見て回ったのだけれど、さっぱり意味は分からなかった。

通路の入口にあることから、行き先か、あるいは通路の番号を表しているんじゃないかな、とは思ったのだけれど、点と線が花びらのように5つ並べられたその記号は見た事もないもので、私が読んだどの本にも載っていなかったと思う。

だけれど歩き回っていた私は、今すぐ役に立ちそうなものを見つける事が出来た。それは少しひび割れたランプで、卵形のガラスの中に、天井でホールを照らしている水晶と同じ物が閉じ込められている。

これだったらどんなに歩き回っても消えることはないし、ぶつけて壊してしまったとしても、水晶さえ無事ならなんとかなるので安心だ。

思わぬ拾い物にちょっと気を良くしながら、私は水が流れ込む通路へと足を進めた。

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