[5.断崖の再会]

両手の指を見つめたまま、私はしばらく考えていた。レバーはいま停止の位置にあるはずなので、この状態で左が14、右が19を意味しているはず。

左のレバーは左右の2本が真っすぐで、真ん中の3本が手前に倒れている。右は左の2本と右端の1本が同じように倒れていた。

自分の指でそれを確認しようと、曲げたり伸ばしたり。上下、前後、有る無い……? 1,2,3,4,5、1,2,4,8,16……16! 私は不意に天啓を得たような気分になってレバーを見つめた。

レバーが左から順番に1,2,4,8,16の数を表しているとすれば、つじつまが合う。左は真ん中の3本が倒れている。つまり、2,4,8のレバーだ。合計で14。右は1,2,16のレバーで、合計19だ。

私は嬉しさにひとりで微笑みながら、レバーを全部真っすぐに立て、ひとつずつ倒していった。左はいちばん左の1本と右の2本、右は左の2本と右から2番目の1本。

最後の1本を倒し終えた瞬間、パネルに取り付けられている電灯が明るく輝き始め、続いて下から地鳴りのような低い振動が伝わってきた。

更に今までは普通の石材に見えていた通路の壁が明るく柔らかに光り始め、暗闇は一瞬にして彼方へと弾き飛ばされる。

「よしっ!」
私は思わず小さくこぶしを突き上げ、再び鉄の箱に足を踏み入れた。謎を解き明かした嬉しさに恐怖も薄れ、箱に取り付けられたレバーを両手でぐいっと力強く倒す。

地鳴りがちょっとだけその響きを変化させた。と思う間もなく、箱はレールに沿ってゆっくりと滑り始める。

最初は錆が押し潰されるじゃりじゃりという嫌な音をさせていたけれど、すぐにそれも収まり滑らかに音もなく速度を上げ始めた箱は、光に溢れた通路から狭いトンネル状の通路へと突っ込んだ。見た目よりは速度が出るみたいだけれど。怖いほど速くはない。

が、次の瞬間急に通路が真下に向かって曲がり、私を乗せた箱はもの凄い速さで滑り降りはじめた。降りるなんてものじゃない! 落ちてる!

悲鳴を上げることもできずに箱の縁に必死でしがみつく。もうダメだ、そう思ったがまだ甘かった。通路は下に向かって曲がりながら、更に大きく左に弧を描き始めたのだ。

私はめまぐるしく通りすぎる通路の壁を見続けることに耐えられなくなって、箱の中で亀のように丸くなった。急なカーブがあるたびに頭がゴツゴツとぶつかり、気を抜けば箱の外に放り出されそうになる。

どれくらいの時間が過ぎたのだろう。永遠にも一瞬にも思える恐怖に耐え続けていた私は、急に箱の周囲を吹き抜ける風の音が落ち着いてきたような気がして顔を上げた。

箱は相変わらず狭く暗い通路をかなりの速さで通過していたけれど、かなり落ち着いた感じになっているみたい。ほっと一息ついたそのとき、通路の奥に微かな光が見えてきた。

鉱山の中を満たしていた紫色の幻想的な輝きではなくて、暖かい大陽のように見える。そして、箱は通路の外へと飛び出した。

眩しくて目の奥がずきずきと痛む。やっと目が慣れてきて辺りを見ることができるようになると、私は目の前の風景にびっくりしてしまった。

なんと、私を乗せた箱は断崖絶壁に沿ってゆるゆると走っていた。目の前にはこの世界に来て最初に驚かされた砂の海が果てしなく広がり、怖々と下を見下ろしてみると目も眩むような高さ。崖に打ち付ける砂の波が、吹き上げる砂埃で霞んで見えないほどだ。

そして崖側を見ると、そこは岩盤がきれいに削り取られて長いテラス状の通路になっていた。そのテラスの上から突き出したひさしの先端にレールがあり、私を乗せた箱はそれに沿って走っている。

雄大な景色に対する感動と、レールから箱が外れたら死んじゃうんだろうな、という漠然とした恐怖がせめぎ合って、私は呆然としてしまう。と、そのときだった。

「おねいちゃん!!」
聞き覚えのある声が私の耳に届いた。ちょっと待って! 覚えているなんてものじゃない。自分の妹の声なんだもの!

「クレア!! 何処っ?」
私は声を返しながらも、妹の姿を見つけられずに焦った。

「おねいちゃん! 後ろ!」
振り返ると、テラスから崖の内側へと入ってゆく通路から、探し続けたクレアが飛び出してきた。そのまま全力で走ってきたクレアは、息を切らしながら私を乗せた箱に追いつく。

「良かったクレア! 探したんだよ!」私は再会の喜びに泣きそうになったが、この再会が長くは続かないと気付いた。

なぜなら箱は再び速度を増してきており、クレアの足が疲れてもつれそうになっているのが分かったからだ。一瞬テラスに飛び移ろうかとも考えたのだけれど、テラスにはかなり狭い間隔で柱があり、それにぶつかれば紙くずのように吹き飛ばされてしまうだろう。

「クレア! この通路の先で待ってて。お姉ちゃんきっと迎えに行くから!」
クレアはもうかなり苦しそうで、顔を真っ赤にして少し涙ぐみながら微かに頷く。と、次の瞬間クレアは何かにつまずいて思い切り転んでしまった。

あっと叫びを上げた私を乗せ、箱は無情に崖の下へと滑り降りる。胸が締め付けられるようで、何も出来ないことがすごく悔しくて、私はお母さんが死んでからはじめて泣いた。

再会
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