[3.新世界より]

笑い過ぎて涙が出てくる。なんでこんなに笑ってしまっているのか自分でも分からないけれど、きっと今まで感じていた不安とか、恐怖とかがいっぺんに吹き飛ばされて安心したからだと思う。

やっと笑いが収まってきてベッドを見ると、白く透ける天幕越しにクレアが起き上がろうとしているところだった。笑い声で目を覚ましてしまったのだろう。

「おねいちゃん?」
夢の中にいるような寝ぼけた声。私は何も言わずに天幕を押し退けて、探し続けた愛しい妹を抱きしめていた。

「大丈夫? 怪我してない? 寂しかったでしょ?」
クレアはまだ目が覚めていないらしく、しばらくはぼおっとしていたが、やがて肩を震わせてしゃくりあげはじめた。普段は私よりずっと元気で、明るくて、負けず嫌いなこの子も、今回ばかりは心細かったんだ。

私とクレアはベッドの前に敷かれた絨毯の上に座り込んで、お互いが見てきた不思議なものや素晴らしい景色について語り合った。話によると、クレアは砂の海のテントから、私とは逆の方向に向かったらしい。

そこから気味が悪い形の岩が並ぶ海岸、羊歯が茂る森、遊歩道と住居のようなものがある大きな洞窟を抜けて、ここまで来たのだという。

二人の話を合わせてみると、どうやらここは砂の海に囲まれた島らしいということが分かってきた。どちらの道にも人の姿は無かったことは共通していたけれど、クレアは一度だけ、森の中で鳥が飛ぶ姿を見たらしい。

とにかく、これまでに私たちが辿ってきた道には元の世界に帰るための手掛かりは無かったので、あとは島の中心の方を探険してみるしかなさそうだ。

今すぐにでも出発したいところだけれど、その前に私たちは、この部屋にあるものを調べてみることにした。今までに見つけた手掛かりらしい手掛かりといえば、私が見つけた一冊の手帳だけ。どんなことでもいいから情報が欲しい。

ここにはたくさんの本や書類があったけど、ほとんど全てが私たちの知らない言葉で書かれていた。ひょっとしたら誰も知らない失われた言語かもしれない。

だけど、簡単なメモや日誌のようなものは、私たちにも読める言葉で書かれていた。たぶん公式な文書なんかには、私たちには読めないその言語を使う決まりでもあったんだろう。

「ねぇおねいちゃん、これ読める?」
私がごそごそと本棚をいじっていると、クレアが机の上から1枚の紙切れを持ってきた。

「ん、どれどれ……うわ、ラテン語じゃない」
一応ラテン語は勉強している。私も将来はお父さんと同じように遠い過去を探る仕事がしたかったからなんだけれど、まだまだ難しくて簡単な文章しか読むことは出来なかった。

「……帰る、旅? 光の環……鍵……七色、順番? だめだ、ほとんど読めないよ」
こんなことならもっとしっかり勉強しておけば良かった。これじゃあ姉の面目は丸潰れだ。だけどクレアはちょっとだけでも読めた私をとってもすごいと思ってくれたみたい。

私はその紙切れを手帳に挟んで、再び本棚と向かい合った。こんなに大量の本を一冊ずつ調べるなんて気が遠くなりそうで、思わず天を仰ぐ。

すると、本棚と天井の間から、布に包まれた何かが見えているのが目に入った。思いっきり背伸びして手を伸ばし、なんとか引っ張り出してみると、それは綺麗な柄が織り込まれた手触りの良い布で包まれた何かで、重さや感触からしてどうやら本のように思えた。

クレアが下に入り込んで何やら調べている机の上を軽く片付けて、私はその包みを慎重にゆっくりと開く。やはり入っていたのは本だった。私たち姉妹をこの世界に送り込んだあの本と似たような装丁で、同じように留め金が付けられている。違うところは表紙についているエンブレムの形くらいだ。

留め金を外そうとしたが開かなかったので、私は机の下のクレアを呼んだ。あの本を開いたのはクレアなのだ。きっとこの本も開けてくれるに違いない。

這い出してきたクレアは得意げに微笑み、エンブレムに指を掛けてぐるりと回した。すると、留め金がパチンと鳴って、いとも簡単に本は開いてしまった。私は唖然としてしばらく妹の顔を見つめていたが、すぐに我に返ってお礼を言ってから表紙をめくった。

この本もまた、他の本と同じように読めない言語で書かれていたけれど、ぱらぱらとめくっていくと見覚えのあるページが姿を現した。

左のページに風景を描いた絵があり、右に一つの単語があるページだ。単語だけは読める文字で書かれているのが不思議なのだけれど、私にはその理由がなんとなく分かっていた。

この本は、別の世界への入口。そして入口を通るには、その世界の名前を言って絵に触れなければならない。誰にでも扱えるようにするために、ここだけは一般的な言語で記す必要があったんだ。

これで元の世界に帰れたら最高なんだけれど、どうもそうはいかないみたい。何故かというと、左のページに描かれている絵は、また別の奇妙な世界の光景を描いたものだったからだ。

今の状態でさえ難儀しているというのに、これ以上わけの分からない世界に飛ばされてしまってはどうしようもない。

でも私は好奇心と、もしもこの世界から抜け出す方法が見つからなかったときにこれを使う事があるかもしれないという考えから、この本がきちんと役目を果たすのかを確かめようと思った。名前を言っても、触れさえしなければきっと大丈夫だろう。

「ゼフィーナ」
私はそれでも少し躊躇ったあと、新しい世界の名前を口に出した。

とても深い森の光景が、ページの上でゆっくりと動き始める。淡い薄緑色に見える霧、しとしとと降る雨。それらはとても現実的で、やはり絵のようには見えない。

「すごいね、おねいちゃん」
私とクレアは、本が描き出す光景に釘付けになってしまった。と、そのとき、私は何か聞こえたような気がしてクレアを見た。目が合う。クレアにも何か聞こえていたんだ。

「……けない」
びっくりした私は、思わず本から手を離して身を引いた。なんと、本の中から声が聞こえたのだ。

新たな本
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