[4.囚われた者]

「聞こえた?」
クレアは頷いて私の腕にしがみついた。私も小さな手を握り返して、びくびくしながら再び本を覗き込む。

動き出していた絵が激しく乱れていて、別の絵がだぶって見えている。よく見てみると、どうやらそれは一人の男の人らしかった。

ウラスト

「あなたは……誰ですか?」
私は勇気を出して尋ねてみた。向こうの声が聞こえるんだから、きっとこちらの声も聞こえるに違いない。ひょっとしたら助けにもなってくれるかもしれない。

「……この本の入口に触れてはいけない」
今まで乱れていた絵がはっきりとしてきて、気難しそうな老人の顔が映し出された。

「あなたは誰ですか。私はジェシカ。変な本に触ったらここに来てしまって、とても困っています。助けていただけませんか?」
もう一度尋ねてみると、本の中の老人は少し顔を歪めてため息をついたように見えた。

「私の名はウラスト。
「君が生まれるずっと前から、この世界に閉じ込められている。裏切り者のベクヘスのおかげでな……まぁ、それは君には関係のないことだが。
「確認するが、君はレストを……今いる所に君を運んだ本を持っているのか?」

私がいいえ、と首を振ると、老人はかなり落胆した様子で横を向き、何事か考えているようだった。そして彼は小さく何度か頷き、こちらに視線を戻す。

「君はそこから元の世界に帰りたい。そうだね?」
「もちろんです!」
「方法はある。教えてあげよう。私もこんな所に何年も閉じ込められて気が変になりそうだが、それくらいの良心は残っているからね。
「だが、教えてあげる代わりに私をここから出してほしいんだ。悪くない条件だと思うんだが、どうだろう?」

私は少し悩んでしまった。確かに元の世界には帰りたい。だけれど、この本の中の老人は本当に信用できるんだろうか。閉じ込められているということは、それに値する罪を犯したってことだ。

もちろん彼が名前を出したベクヘスという人のほうが悪い人で、ウラストと名乗ったこの老人を悪意をもって閉じ込めたってこともあり得るけど。

「悩む気持ちは分かる。私はそれなりに罪人でもあるしね。
「しかし私が君に元の世界に帰る方法を教えなければ、私はここから出ることが出来ない。
「つまり圧倒的に君が有利な取り引きなんだ。
「それでも悩むかな?」

「わかった。あなたを助けるから元の世界に帰る方法を教えて」
決心してそう言うと、老人はちょっと安堵したように天を仰いだあと、私たちが元の世界に帰るための方法を語り始めた。

私たち姉妹をこの世界に運んだ本、レストには、書き込まれた世界に触れた人をその世界へと運ぶ力がある。

そのときにレストを手に持ったまま触れれば、レストも触れた人間と同時にその世界に転送され、そこでもう一度レストに触れれば元の世界に戻れるのだという。

だけれど、私たちはレストを手に持たずにここに来てしまった。つまりは一方通行の列車に乗ってしまったようなものなのだ。

今の老人の状況も似たようなものなので、私が目の前にある本を持ったまま彼の居る世界に入れば彼を助けられるのではと私は思ったが、この本は戻る機能が書き込まれていない<流刑の本>という種類のものらしい。

ここまで聞くと、私たちが元の世界に戻れる方法なんてないんじゃないかと思えてくるけど、それは違った。

今回の私たちのような事故に備えて、レストを使って行き来できる世界には必ずレスト転送機というものが用意されている。それを使えば、本をこちらに転送することができるというのだ。

つまり、まず私たちがそのレスト転送機を使って本を手に入れ、その後レストを持って老人の居る世界に行けば、彼を助けられるってこと。

「君が居る世界はリャナナーンだと思うが、間違いないかね?
「だとしたら転送機は島の中央の湖にある。
「そこから山道を辿り、森を抜ければそう遠くはないはずだ」

「ありがとう。あなたを信じて助けに行くかはまだ約束できないけど、少なくとも今は助けたいって思ってる」

私の慎重な言い回しに、ウラストは苦笑した。なんだかすごく酷いことを言ってしまったような気がして、少し後悔してしまう。

「君はなかなか知恵があるようだ。それだけに期待しているよ、お嬢さん。
「おっと、奴らがやってきたようだ……」

微笑んでいた老人の顔が急に険しくなり、周囲を気にし始めた。と、同時に本の上に映されていた映像が乱れ、突然真っ暗になってしまう。

名前を呼んでみても反応がない。どうしたのだろう? 奴らというのは何者なのだろう? 彼はその<奴ら>に追われる身なのだろうか。

とにかく、この世界から抜け出す方法は分かった。次は実行するだけ。私は老人が閉じ込められた本をポケットに入れると、クレアの手を引いて外に向かった。

帰り道へ
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