[6.白亜の遺跡]

私はクレアの肩を掴んで石畳の歩道から飛び出し、大きな樹の後ろに隠れた。深い靄越しに見えたもの。それは間違いなく巨大な生き物だった。一定の間隔で地面を揺らす振動は、あの生き物の足音だったんだ。

心臓がどきどきして手足が震えてくる。もしも見つかってしまったら、きっと私たちなんかひと口で食べられてしまうに違いない。

私たちは地面を覆う雑草の中にしゃがみ込んで、じっと息を潜めた。足音はどんどん大きくなってきて、枝が折れたり、樹の葉が押しやられるざわざわという音まで聞こえてくる。

音だけを聞いていると、まるでこちらの居場所を知っていて真っすぐに向かってきているように思えてならない。

今すぐ走って逃げたほうがいいんだろうか。不安に押し潰されそうになった私は、生き物が本当にこちらに向かってきているのかを確かめるために木の陰から覗き見ようと体を動かした。

しかし木の幹にへばりつくようにして恐る恐る頭を出したその瞬間、目の前に巨大な丸太のようなものが降ってきて、私は思わず悲鳴を上げて飛び退き、尻餅をついてしまった。

その拍子に私は上を見上げる格好になり、目の前に降ってきたのが巨大な生き物の脚だということを理解した。

直径1メートル以上もあるその脚の持ち主は、岩のように硬そう見える緑色の皮膚で全身が覆われていて、身近な生き物に例えるならば象に似ていた。

だけれど象より遥かに大きくて、頭には私の背丈ほどもある角が生えており、象であるならば牙があるはずの場所からは、波打つようにひらひらと動く触手が伸びている。

巨大生物

私はあまりの恐怖に逃げる事もできなかった。というより全身の感覚が麻痺してしまったようで、妹が自分の腕にしがみついている感触の他にはほとんど何も感じず、ただ目の前の悪夢のような生き物を見つめることしかできない。

巨大な象のようなその生き物は、二本の触手で周囲の樹の幹や地面を撫でるように探りながら、五本の脚を一本ずつ順番に動かして移動していた。どうやら私たちの存在には気がついていないか、まるで関心が無いかのどちらからしい。

その生き物は数分をかけて私たちの横を通り過ぎ、森の奥へと姿を消した。でも私たちはしばらく呆然として動く事が出来ず、頭上から再び聞こえ始めた鳥の歌声によってようやく現実に引き戻されて雑草の中から這い出した。

石畳の歩道の上に立つと、巨大な生物が残した凄まじい破壊の痕が目を引く。大きな樹木こそ倒れてはいなかったが、それらから伸びる枝はへし折られ、石畳の一部は丸く陥没して地面から滲み出す水が溜まり、小さな池のようになっている。

「今の生き物、象さんみたいだったね」
妹を安心させようとようやく口に出した言葉は、なんとも間の抜けたひと言だった。とにかく圧倒されてしまって言葉が出てこなかったのだ。

クレアはその言葉に大きく頷き、笑顔で目を輝かせた。どうやらこの子は私ほど怖くはなかったみたい。それどころか、あの生き物がとても気に入ってしまったらしく、象みたいだけどキリンより背が高いからキリン象、と勝手に命名までしてしまった。

私たちはキリン象の脚はこうだったとか目はどうだったとか、あぁでもないこうでもない言いながら再び歩道を歩き始めた。ちょっと何か変わったものが目に入る度に立ち止まって調べながら進んでいたので歩みは遅かったけれど、一人で不安を感じながら黙々と進むよりはずっといい。

だけれどそうやって2時間ほど進むうちに、私たちは次第に無口になっていった。疲れてきたというのもあるんだけれど、それに加えて森のもつ気配の変化を感じたからだ。

何故だか分からないけど、少し前から空気が違うというか、そんな感じがしていた。気温が変わったとか湿度がどうとかいうのではない。あえて言葉で表現するとしたら、今まで穏やかだった人が急に真剣になったような、そんな気配。

私は少し立ち止まって辺りを見回した。森には相変わらず濃い靄がかかり、十数メートル先はもう見通す事が出来ない。

「おねいちゃん! あれ!」
クレアが急に叫んで歩道の先へと小走りで駆け出した。
「クレア! 危ないよ」
私も急いでその後を追う。

少し走ると、私にもクレアが見つけたものが見えてきた。それは高さ2メートルほどもある大きな丸い石の彫刻で、どうやら先程見た巨大な生き物の頭部を真似て作られているようだ。

その彫像は歩道を挟んで両側にひとつずつ向かい合うようにして置かれていて、まるで今までの土地と、これから向かう先とを仕切っている門のように見える。

実際その彫像の先からは、周囲の様子がかなり変化していた。草と樹木、そして深い霧に覆われて良くは見えなかったけれど、奥の方には石造りの建物や奇怪なトーテムポールのようなものが立ち並んでいるようで、なんとなく不気味な空間を作り出している。

しっかりと手を握りあって、私たちは彫像の門を通り抜けた。やはり空気が違う。木々の間から時折こちらを見下ろしているトーテムポールの異様な彫刻にどきどきしながら注意深く進んで行くと、やがて森に抱かれた白い石造の建物が姿を現した。

それは卵形に近い形をした大きな建物で、深い草の間に見え隠れする洞穴のような入口の両脇には、まるで門番のように先程見かけた彫像が向かい合っている。

今使われている建物というよりは、打ち捨てられた遺跡のようだ。お父さんが見たら飛び上がって喜びそう。

もちろん私とクレアも古い遺跡は大好きだ。しばらく無言で見つめあったあとで同時に笑顔になりながら、私たちは四方から不気味なトーテムポールに見守られている白亜の遺跡へと歩き始めた。

遺跡
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