[2.水底の橋梁]

何が潜んでいるか分からない生い茂った草や、藻で濁った水面にどきどきしながら、私はクレアの手を引いて沼地を渡る道を歩いた。

ときどき聞こえる断末魔のようなカエルの鳴き声と水音に一々びっくりしている私と違って、クレアはとても楽しそうだ。自分も小さい頃に平気でカエルや虫を手に取った記憶はあるけど、今は全然ダメ。考えてみればちょっと不思議な話だ。

そんなふうに大人になっていくことについての不思議を考えながらしばらく歩いていると、生い茂る樹々や草の向こう側から微かな水音が聞こえてきた。

「湖かな?」
私は妹と顔を見合わせた後、今までより少しだけ足を速めて不安定な足場を進んだ。

徐々に高い樹が少なくなり、葦のような植物が増えてきたことを感じながら歩いて行くと、私たちの前に一面の青い輝きが広がった。

陰鬱な森や深い谷間、得体の知れない生き物が蠢く沼地を通って来た私の目には、その湖の色は実際よりも数段鮮やかに見える。

そして途方も無い深さを感じさせる色をした青い湖の中央に、靄に霞んで白く平たい建物があるのが見えた。多分あそこにレスト転送機というものがあるのだろう。

でもそこに向かう橋などは無く、私はどうしたものかと首を捻った。やっぱりバスに乗って行くしかないのかもしれない。そう考えながら日差しに煌めく水面を眺めていると、私の袖をクレアの手が引っ張った。

「おねいちゃん! あれ!」
クレアが指差す先を見ると背の高い葦の隙間から、錆び付いた鉄の桟橋のようなものが湖の中心に向かって突き出しているのが見える。

覆い被さるようにして茂っている葦や羊歯を掻き分けながら、私たちはその桟橋へと向かった。近付いてみるとそれはやはりしっかりとした桟橋で、地面から直接生えた大きな椰子の葉の天蓋に守られながらひっそりと水上に佇んでいる。

桟橋は湖の真ん中にある建物に向かって真っすぐに十メートルくらい伸び、突端には見覚えのある物が立てられていた。青いガラスがはめ込まれた球体が取り付けられた、柱のようなものだ。

Pear

足の裏に柔らかさすら感じるほど錆に覆われた足場に注意しながらも、私は迷うことなくそれに近付いた。きっとこの青いガラスのスイッチを押せば、今までのように道が開けるに違いない。

内側から微かな青白い光を放っているガラスに指を乗せると、沈み込む感触とともに光が強さを増した。続いて目の前に広がる湖の底から、ごぼごぼと大きな泡が溢れ出してくる。

そして泡を追うようにして、複数の白い何かが水中から浮かび上がってきた。水を割って水面へと静かに姿を現したそれは、六角形の石柱のようなものだ。それらは湖の建物に向かって整列し、橋が形作られる。

でもせっかく出来てくれた橋なんだけど、私には役に立つようには見えなかった。だって橋はとても短くて、湖の真ん中にある建物になんてぜんぜん届いていないんだから。

「なにこれ?」
思わず不満を口に出しながら私は桟橋の突端から石柱の上へと足を乗せた。たぶん水に浮いているだけなんだろうけれど、揺れることもなくしっかりと立っている。

続いてクレアも石柱に飛び乗り、私たちはひとつ、またひとつと石柱の上を渡って湖の上へと進み出す。と、その時、後ろから微かな水音が聞こえた気がした。

振り返って見ると、なんと最初に飛び乗った石柱が水の中へと沈もうとしている。私はびっくりして引き返そうとしたのだけれど、沈んだ柱が奇妙な動きを見せているのに気付いた。

石柱は横向きに倒れながら水に沈んで、私たちの横をゆっくりと通り過ぎ、他の柱によって形作られた橋の先頭で再び水面へと顔を出した。私たちの進む先へと先回りしているんだ。

私とクレアは顔を見合わせて微笑みあい、次々と前の石柱に飛び移った。その度に後ろにあった石柱が水に沈み、私たちの前へと移動してくれる。これなら湖の中央にある建物どころか、向こう岸までだって歩いて渡れそうだ。

広大な水の上で不思議に動く橋を渡りながら、私たちは旅の終点となる建物へと真っすぐに歩き始めた。

Hexagon
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