[5.密林の狩人]

クレアの肩をぎゅっと抱き寄せながら、私は森の奥を睨んでいた。正体不明の何かが地面を蹴る音は、どんどん近付いてきている。

深い霧が音を響かせたり吸い込んだりするのか、足音が聞こえてくる方向はよく分からない。四方八方から得体の知れない何かが近付いてくるような気がした。

心臓の鼓動はどんどん速くなってきて、胸に抱いたクレアの肩も震えている。そして私たちの緊張が叫び出したくなるほど高まったそのとき、深い茂みのカーテンを突き破って巨大な影が飛び出して来た。

Bird

人間の倍くらいの大きさのそれは、全身が褐色の毛で覆われていて、長く伸びた首の先には鋭く尖った嘴が生えている。あまりの巨大さに最初は理解出来なかったけれど、その生き物はダチョウに似た大きな鳥のようだ。

最初に飛び出して来た一羽に続いて、霧の奥からは次々と同じ鳥が姿を現した。彼らは何かを探しているかのように辺りを見回し、鋭い鳴き声で合図し合っている。もちろん探しているのは私たちに違いない。

うろうろと周囲を歩き回っている鳥たちの様子を見た限りでは、私たちが隠れていることに気付いてはいないようだ。

でも私たちが隠れたのはぴったり身体が入るくらいの木の幹の窪みで、その前を覆った蔦をちょっと嘴で突つかれたらすぐに見つかってしまう。

だけど大きな鳥たちはうろうろと辺りを歩き回っているだけで、草を掻き分けて探そうとまではしていないみたいだ。このままなら、私たちに気付かずに立ち去ってくれるかもしれない。

しかし安心しかけたその瞬間、私たちを隠していた蔦が大きく揺れた。続いて包丁みたいな鈎爪が付いた大きな足が目の前に飛び出して来て、目の前の地面に振り下ろされる。

その足から繋がる鱗状の皮膚に覆われた細い脚に沿って見上げた私は、鋭い嘴の両側に光る瞳で自分を見下ろしている鳥と目が合ってしまった。

あまりの恐怖に逃げるどころか叫ぶことすら出来ない。私にしがみついているクレアもそれは同じで、ただじっと目の前の鳥を見上げている。

もうダメだ。私はぎゅっと目を閉じてクレアを抱きしめた。集まった鳥たちは、あっという間に私たちを食べてしまうんだろう。

耳の奥がびりびりするほど大きな叫び声が響き、私は身を固くした。だがいつまで経っても、私の身体に嘴が突き刺さる気配は無い。

ひょっとしたら自分はもう死んでしまったんだろうか。そう思いかけた私の耳に、連続して鳥の叫び声が連続して響いた。

そして鳥たちがバタバタと走り回る音も聞こえ、私は恐怖で開こうとしない目をどうにかこじ開けて辺りの様子を見た。

「ぎゃあっ!」
私は鳥の声にも負けない叫び声を上げて跳ね起きた。瞼を開いた私の目の前に、血塗れになった大きな鳥の頭が転がっていたのだ。

その頭には、矢のようなものが突き刺さっている。何者かが放ったその矢が、鳥の命を奪って私を助けたのかも。

私はしばらくのあいだ呆然と血まみれの鳥を見つめていた。ふと我に返ると凶悪な鳥たちの姿は消えていて、辺りには倒れて動かない大きな鳥の死体がいくつか転がっている。

「まさか本当に来てしまうとはな。剛胆なのか、それとも見込み違いで愚かなのか?」
足音も無く近付いていた何者かが発した声に顔を上げると、そこには黒い革のコートを身にまとった老人の姿があった。

Oldman

それは本の中から私たちに助けを求め、助けてもくれたあの老人だ。彼は捩れた木で出来た弓を携え、背中には十数本の矢を入れた矢筒を背負っている。

「あ……ありがとうございます。これじゃあ、助けに来たのか迷惑をかけに来たのか分からないですね」
老人は、なんとか言葉を出した私の顔を不機嫌そうな表情で見ていたが、やがて深い溜息を吐いた。

「本は持って来たのだろうな?」
愛想の欠片も無く飛び出した言葉に、私は頷きながらポケットの中の本を引っ張り出す。

「よし、それでは今すぐに本を開いて君たちの世界に帰るのだ。私の方は別の世界に行かせてもらう」
そう言って彼は本を指差し、霧深い森を警戒しているような鋭い目で見渡している。

私は身を固くして老人の目を見ていたが、黙って頷いて本を開いた。彼に聞きたいことはたくさんあったけれど、それを聞いて答えてくれるようには思えなかったのだ。

目的の頁を開いて<家>という言葉を口にすると、本に描かれた我が家の書斎は静かに動き始めた。窓にはカーテンが揺れ、大きな机の上には屋根裏で見つけた書類と食べ損ねた昼食がそのままになっている。

「それじゃあ、帰ります。ありがとうございました」
私は老人に別れを告げ、先程の恐怖でまだ身体を震わせているクレアを呼び寄せると、本を地面に置いて帰り道へと指先を伸ばした。

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